フコイダン インフラを考える|適当にetc|ノフログ ~noof's weblog~ 忍者ブログ

日本の「バカ」が濃くなっていませんか?

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インフラを考える

数日前、置賜地方に住んでいた大叔母が亡くなった。
90歳と大往生だった。

電話口の親戚は相当混乱していた。
ただ、自分はどの大叔母なのか、
すぐにはわからなかった。

苗字と名前、それと場所でなんとか
記憶の中の顔と名前が何とか一致した。
10年以上会っていなかった大叔母だった。





大叔母の家族全員に会うのは、
おそらく10数年ぶり。
CATVで仙台波を再送信していた時代だから、
地デジ開始前だと記憶している。
叔父とは、おそらくみはらしの丘の大叔母の
葬儀以来となる。

顔を見るのも久しぶりだったが、
その家の娘さんは、私と会った記憶はないらしい。
叔母も元気そうだと思ったら、
そちらもそちらで娘さん以外は、
何らかの難病を発症していたとか。

親戚も難病となると、もしかしたらこの一族は
そういう病気にかかりやすい一族だといえるのかもしれない。
一番しっかりしていた娘さんは高校生で、
ちょうど私の母が多発性硬化症と診断された年齢と同じだった。
そう考えると、色々と複雑な感情がこみ上げてきた。

通夜、葬儀、火葬という一連の流れは、
何度も経験していたが、
置賜地方の葬儀告別式を一連の流れで経験するのは
おそらく初めてかも知れない。
今回は参列者側ではなく、親族側のお手伝いという形で
私も最期のお別れをしてきた。


ある程度滞り無く葬儀も通夜も終わった。
この一族の大叔母は、残るは一人だけとなってしまった。
大叔母も足腰に関しては、ものすごく健康的。
全然弱っている様子はなかったが、
認知症は進行していたのには自分でも驚いていた。


さて、親族側の参列となると、必ず行くこととなるのが、
火葬場だ。
その街の火葬場は、1970年代竣工と、
私がお別れのために行ってきた火葬場の中で
最も老朽化が進んでいた施設だった。

今の火葬場は、葬儀場とか何らかの式場と区別の付かない施設が多くなった。
しかし、ここの施設は、多くの方が想像するであろう、
煙突丸見えの施設。
それが国道沿いにあるというものだから、色々と衝撃的である。
入り口も大きな自動ドアがあったが、
入ってすぐにあるのは、片開きのエレベータのようなドアが並んでいる告別室
両脇には祭壇、そして、収骨室だが、
すでにそこには最期のお別れが終わって、骨を拾っている別のご遺族の方が・・・。

名古屋の八事斎場だったか、どこかがこういう状況だという話は
ネット上で見聞きしていたが、まさか自分もそれを体験することになるとは。
なんともこれはお互いの遺族は気まずくなってしまう。

最後の読経のあと、自動の台車で運搬された棺が
火葬炉に。
当然半世紀前の施設ではあるが、炉の扉は自動だった。

片開き式のドアが開いたあと、すぐに炉の扉が上に開いた。
台車式の火葬炉で冷却前室と呼ばれる、火葬後の遺体を冷却するための部分が
ないのは上山市の火葬場と一緒。

そして、私は悲しみをこらえていた。

最後の焼香の前に、葬儀会社と火葬場の関係者の方からの説明。
その最中、突如轟音が響き渡った。
ああ、火葬炉のバーナーが点火した・・・。

山形市の火葬場では、今回行った場所のような
バーナーの轟音が響き渡らない。

最近の施設は、薄っすらと空調の音なのか、
なんの音なのかわからないが、
炉の前でバーナーの轟音が響いているなんてことはまずないが、
ここまで轟音のする火葬場は初めてだった。

途中で音が弱くなったと思ったら、また強くなり、また弱くなりの繰り返し、
火力調整の音だったのだろうか、それが遺族の耳に届いてしまう。

伊丹十三監督の映画「お葬式」でも、似たようなシーンが有り、
火葬炉のバーナー点火後に扉や窓などがガタガタと音を立てる様子が
描かれていたが、まさにその様子だった。

バーナーの点火ももしかしたら、遺族が休憩室に行ったところで
点火しているというところもあるらしいが
よく火葬場のトラウマとして書かれる情景が
広がっていた。

休憩室も相当老朽化が進んでいたが、
空調などは新しくなっていた。
それでも、ここにはテレビもないため、
休憩室まで薄っすらと聞こえてくる
火葬炉の音は不気味だった。

火葬は45分程で終了。
10分15分ほど冷却して、収骨となった。
だが、これもまた遺骨や台車からの熱がとんでもなかった。
こんな熱い骨上げ、もしかしたら、上山の火葬場以来かもしれない。
冷却前室のある火葬場であれば、台車や骨がある程度冷めているため
拾いやすいのだが・・・。

火葬場には遺族は我々しかいないため、
全員あれこれ言いながら骨上げしていた。
私や叔父は一応、骨上げの説明をしてくださった担当の方に
質問しながらの骨上げだった。



火葬の温度は、500℃〜1500℃で行っているらしいが、
そこの火葬場はピンポイントに温度調節が出来ないらしい。
ピンポイントに温度調節が出来れば、
臓器などは焼けたあと白い灰になるが、
温度調節できないため、
臓器は赤い灰が残ってしまうという。

また、冷却室があれば、拾いやすいはずだが
やっぱりそこは古い施設であるゆえの問題点だという。
担当の方も相当汗だくで骨上げしていたが、
手早く骨上げしている様子は、まさに職人芸と言った物。


そこに、叔父は単刀直入で聞いてしまった。

火葬場の建て替え予定は?
現段階では10年後の予定らしい

財政事情も悪いだけではなく、同年代に建てた施設が
数多く点在し、それらの耐用年数も待ったなしでやってくるという。


と、我々遺族の質問に対応しながら、丁寧に対応してくださった
火葬場職員の方、本当に申し訳ありません。
そして、ありがとうございました。




こうしたところから見えてくる問題点は、
果たして、この街の公共施設とやらは、
後手後手に対応させて、大丈夫なのだろうか?と。

見事なまでのトラウマ発生装置であるものの、
この現場の悲鳴のようなものも聞こえてきた
この街の火葬場。
火を扱い、最期のお別れのために
相当な苦労をなされているのだろうと思う。

最新の施設であれば、
遺族側はトラウマを持ってしまうことは軽減される。
最期のお別れのお手伝いをされている現場の方々も
疲労などは軽減されるのかもしれない。

それに、火や何らかの燃料を扱うということは、
何らかのトラブルが発生してしまえば、
爆発や火災を伴う危険がついてくる
周囲に火葬場を見えなくするために、木を植えているようだが、
引火してしまえば、火葬場は使えないどころか、
国道のすぐ近くにあるため、道路は通行止めになってしまう。

それどころか、最近は高速道路も近くを走っているようなので、
それも通行止め。

ということは、何もかもが止まってしまう危険と隣り合わせの上、
その街の人々は、あの世へ行っている。


・・・と、一部個人的な憶測も含まれており、大袈裟に書いてしまったが、
老朽化が進んでいる機械を一時期扱っていたものとして言わせてもらうと、
いい加減、最新設備いれたらどうでしょうかねぇ?

財政事情などの問題もありますが、
最期のお別れにかなりの危険を伴っているんじゃないのかな?なんて。

色々な問題などもありますが、
どうなんでしょうかねぇ?

米沢市さん。
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