フコイダン 師走|病気な話|ノフログ ~noof's weblog~ 忍者ブログ

日本の「バカ」が濃くなっていませんか?

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師走

2011年、3月11日以降どうも動きが鈍行列車のようなものかと思ったら、
一気にジェットコースターに早変わりしてしまったこの1年。

私の場合はまさかの自分自身の病気との戦いの始まりでもあった。
ある日、会社で奇声を発してしまった。
それ以前から、体が思うように動かないことが多々ある。
現在、というか、今書いている時点でも思うように体が動かないことがある。

挙句の果てには、自分の運転もまともにできないことがある。
結果的に前の車の左ミラーをぶっ壊したり、今日も買って半年のヴィッツの
右ミラーの方向指示器をぶっ壊してしまった。

あとで、修理してもらうとしよう。


仕事も、たくさん並んでいる機械でエラーが発生した際に、
すぐに異常発生の機械を直ぐに見ず、なぜか全く動いていない機械を見てしまったり、
体のあちこちをぶつけながら仕事したり、
あとは、転びそうになることが1日に何度も。

次の仕事に移るのもスムーズには移らない、
なにの加工をしようとしていたのかすらわからなくなってしまっている。
そして、30秒経ってようやく思い出す。
酷いと、上司が何を言ってるのかさっぱりわからないことも。
理解しているようで全く理解できていない。
返事するにもパニックが起きてしまう。
朝礼も足がガクガク震えてしまう。

入社して3年以上経つが、仕事は覚えているようだが・・・
1年経過したあたりから、徐々におかしくなっていったのかもしれない。
どうにか仕事はしているものの、徐々に限界が来ているのかもしれない。

うつ病の薬は病院に行ってから変わっていない。
どうにか自分でもリフレッシュする方法を探しだしてはいるが・・・。

4月だか5月にやった61時間特番は、
逆に良かったのかもしれない。
秋ぐらいにやった、いきなり郡山合流とやらも。
温泉に入っている時とかは気持ちよくなる。


山形にずっと居座るのではなく、
うーん、どこかアチラコチラに放浪の旅にでも出たいのかもしれないのかしら?
親から離れて一人で。


と、ボロボロの体と脳みそににムチを打って書いたのだった。

なんだか、一人のほうが落ち着くときもある。
難病の親のことを忘れて。


ただ、親には1日も早く社会復帰してもらいたい。


ふと、こん平さんの本のこと。

あの本では入院中の事が書かれていた。
こん平さんのお弟子さん、先日結婚した「ちゃっかり八兵衛」とそのお母様(先代の三平さんの奥様)やら笑点のメンバー
こん平さんのお子さん、お孫さん、更には奥様にと、
多くの血縁者・・・というのだろうか、そういった方々が
代わる代わる交代で看病やらお見舞いやらしていたそうな。
だからこそ、あのようにテレビに少しずつ戻ってきてるのだろう。

では私の場合は?
一人っ子。
母親の妹(私からすれば、茨城の叔母)がいるくらい。

ここ数年、親戚とは疎遠になってしまっているが、
去年辺りに親戚のおじいさんが亡くなり、
久しぶりに顔を出したということがあったが。
どうもこのうちの親戚関係というものがさっぱりわからない。
祖父母が亡くなったときに、親戚がわーっと集まったということは記憶しているが、
この人はどういう関係でどういう人なのかというのはさっぱりだ。
どこどこのおじいさん、おばあさん、おじさん、おばさんってな具合では記憶に残ってるものの・・・。

それに、母親の学生時代の友人関係とかどうなのだろうかと。
それもさっぱりわからない。

よく言われるのは、血のつながってる人のほうが気楽に話せるということ。
あの本でも確かにそれはよく見えた。
こん平さんのお子さんたちのファインプレーが書かれていたり。
何かがあれば、兄弟、姉妹。これが一番だと。

ただ、私は一人っ子。
結局、これもうつになってしまう原因の一つ・・・なのかしら。

こうやって、どうにか第三者の視点を持とうとはしているが、限界はある。
難しい点も多々あるが、果たして、ゴールってあるんだろうか。
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